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イスラームとコプトの美術

エジプトは、イスラーム教スンニー派が国民の90パーセントを占め、キリスト教コプト派が7パーセントを占めます。

そのためエジプトの美術には、この両者の流れが伝統として息づいています。

コプト美術
今でこそ、エジプトはイスラームの国ですが、アラブ人がエジプトを征服する以前、現在のエジプトの地域一帯にはキリスト教が広まっていました。

3世紀以降に土着のエジプト人の間に広まったものです。

この時期のキリスト教化したエジプトの美術をコプト美術と呼びます。

ヘレニズム、ローマ、ビザンチンの各様式を折衷しているのが特徴です。

コプト美術の代表的なものは、ケナー近郊のデンデラのバジリカ式聖堂や、ソハーグの「白い修道院」「赤い修道院」などです。

イスラーム美術
アラブ人のエジプト制服は、エジプト・イスラム美術は花開きます。

首都カイロが建設されたのは、10世紀のファーティマ朝時代です。

この時期に大モスクなどのイスラーム風建築が次々と建設され、エジプトは急速にイスラーム化していきます。

12世紀後半からのアイユーブ朝時代には、カイロからフスタートまでを囲む城壁が建設されるなど、軍事的建造物が発達します。

しかし16世紀になり、トルコ支配が強まると、カイロの芸術家たちはトルコのイスタンブールへ移されることになり、エジプトの芸術は一気に衰退の道をたどることになったのです。

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